資料
アジアに対する日本の戦争責任を問う民衆法廷準備会
「アジアに対する日本の戦争責任を問う民衆法廷準備会」（略称：アジア民衆法廷準備会）は、日本のアジア侵略の歴史と責任を問い、明らかにし、それを今日の私たちが主体的に引き受けることをテーマとして、1988年以来活動してきた。本年4月9日、陸上自衛隊練馬駐屯地の創隊記念行事での石原慎太郎東京都知事の発言、およびその後に表明された滞日外国人に対する知事の見解は、侵略の歴史と責任を引き受けようとする姿勢にまったく反するものであり、私たちにとって看過できないものと考える。私たちは石原知事に対し、抗議の意思を表明すると同時に、速やかな辞任を要求する。
私たちが看過できないと考える第一の問題点は、知事の用いた「三国人」という表現である。その後の記者会見において知事がどのように言い訳をしようが、これは日本（人）の自己中心的な認識から発せられた排外主義的で人種差別主義的発言であり、世界が日本人だけで成り立っているかのような傲慢な言説である。そもそも、今回問題とされた「三国人」という言葉には、日本敗戦直後、急速に活発化した在日朝鮮人らの政治的・社会的活動に対し脅威を抱いた日本人たちの、「植民地であったにも関わらず、まるで戦勝国気取り」という鬱屈した差別感情が生み出した、という経緯がある。
知事のこの発言は、排外主義の扇動であり、とりわけ、日本人の民族差別の暴力を歴史的記憶として持っている（そしてさまざまな形で今日もその暴力を受けつづけている）在日コリアンたちには、「投げつけられた言葉」の恐怖として受け止められよう。政治家に不可欠な他者への想像力が欠如した発言である。第二の問題点は、災害時の「騒擾事件」に自衛隊の出動を要請している点である。排外主義を言葉だけでなく、「銃」でも語ろうという信じがたい認識である。侵略と迫害の歴史を「繰り返さない」というアジアに対するぎりぎりの誓約（コベナント）を課されている戦後社会に生きる私たちとしては、知事の発言はあまりに悲しく、憤怒の思いを禁じえない。
第三に、石原知事は災害時に「不法滞在外国人による騒擾事件」が発生する可能性を指摘するが、その根拠は何なのか。「平成11年警察白書」（警察庁）によれば、平成10年度中に検挙された凶悪犯のうち不法滞在者は137人にすぎない。圧倒的多数は日本人による犯罪であり、ことさら不法滞在者の騒擾を指摘するのは、外国人に対する偏見に基づくものと言わざるを得ないだろう。
また、「平成11年警察白書」（警察庁）および「犯罪白書平成11年版」（法務省）によれば、「平成10年」中の来日外国人刑法犯検挙人数は日本の刑法犯検挙人員数全体の1.7％にすぎず、その数もここ数年は減少傾向にある。「外国人の増加が日本の治安悪化の原因」という認識には根拠がない。石原知事の連発する「外国人による騒擾」という言葉は、戦後早い時期にも、在日朝鮮人らの自主的活動を弾圧する際に多用された（例えば阪神教育闘争など）。これらの背景には、旧宗主国日本の、植民地出身者に対するまことに身勝手かつグロテスクな差別意識がある。「朝鮮人は日本人に刃向かうな、さもなくば朝鮮へ帰れ」というわけだ。これらの主張は、その後もスケープゴートを新たに設定し直しながら（「中共スパイ」「ソ連スパイ」「トルコ人麻薬密売人」「北朝鮮工作員」などなど）、21世紀を目前にした今日まで、生き延びてきた。戦後史に多少なりとも眼を向ける者であれば、石原発言の随所に、こうした負の歴史的刻印を読み取るはずである。先に問題として指摘した「三国人」という言葉も、そう名指された人々が不快に思うから誤りというだけではない。その言葉を用いることで、発言者は、自身の歴史的視点の欠落を露呈しているのだ。「悪い者は常に外から来る」という漠とした差別意識が「外国人の騒擾」以上に危険であることは、過去の歴史の示すところである。
知事の発言は、日本社会に広がる、すべての滞日外国人への偏見と憎悪を助長するものであると私たちは考える。
4月15日付『朝日新聞』朝刊には、知事の発言を支持する、以下のような投書が掲載された。「深夜三時ごろ、終電車も無く人通りも無くなった路上に携帯電話で声高に話す外国人。終夜営業の店にたむろし母国語で際限無く話すグループ。若者を除き一人では怖い夜になってきた」（埼玉県川越市、67歳男性）。
ここでは外国人たちが、ただ外国人であるというだけで「怖い」と認識され、あたかも犯罪人であるかのように扱われている。新聞に上記のような投稿がなされていることから考えて、知事の発言は、一般のこうした偏見を増長させ、すべての滞日外国人への憎悪を煽る結果となっているのではないか。東京都には現在、28万人を超える外国人が居住している。東京都知事の仕事は、こうした偏見と憎悪を煽ることではなく、またこうした偏見と憎悪に基づき自衛隊の動員を目指すことでもなく、滞日外国人の安全と幸福を保障し、日本社会における複数民族の相互理解と共存をすすめることである。日本へやってくる外国人の中には、悪質なブローカーや雇用主に騙される人びとも多い。こうした人びとがもし犯罪にむかうことがあるとしたら、それはむしろ日本側の問題だろう。
近代以降の日本社会は、「異質な存在」を「悪質・劣等なもの」と認識し、同化ないし排除しようとする歴史を繰り返してきた。植民地支配と侵略によって日本の支配下におかれたアジア民衆は、こうした認識によって人間としての尊厳を侵害されてきたのである。石原知事の一連の発言は、知事がこの克服すべき認識をそのまま保ちつづけていることを意味し、なおかつそれを今日の社会に再生産する結果を生み出す。アジアに対する日本の「戦争責任」を問いつづけてきた私たちは、それゆえ、知事の発言を容認することはできない。
石原知事がただちに辞任することを、私たちは求める。
「人種差別主義者は本能的に被抑圧者の方へ向かう。不幸な者の
不幸をふやすほうがらくなのだ」
（『人種差別』菊地昌実／白井成雄訳 法政大学出版局）
2000年4月18日アジアに対する日本の戦争責任を問う民衆法廷準備会